何故サイレントマジョリティは叩かれたのか?

今回のこたえは数字のうえでは「しなくていい」派が圧倒的だったけれど、応募しなかった多数のサイレントマジョリティを考慮にいれて決定させてもらいます。中国・韓国とは仲良くしたほうがいい。


中国、韓国と仲良くした方がいい?しなくてもいい?

上記の一文が端を発してちょっとした話題になってる記事です.個人的には,サイレントマジョリティメソッドは結構気に入っていて,少なからぬ人が似たような(単純に噴いた(バロスwww),とか,その発想はなかったわ,とか)感想を抱いたから盛り上がったのだと思いますが.

さて,ブックマークでサイレントマジョリティに対する批判は,

  • アンケートの結果をひっくり返すなどけしからん
  • 最初から結論ありきだったのか

などでしょうか.もう少し,いろいろあるようにも思えますが.

4月から毎日新聞で隔週火曜日、生活家庭面で新連載『石田衣良の白黒つけます!!』が始まります。しかもネットで二者択一の問いかけをし、その結果を見て石田さんがコメントをするという今まで見たことも聞いた事もない連載です!


しがない読書人:白黒つけます!!(2006/03/27)

前者の意見に関しては,少なくとも問題の連載が始まる時には,アンケート結果がそのまま結論になる訳ではない,といった類の趣旨がどこかに表記があったようなので今回はスルーします*1

今回,取り上げたかったのは後者の“結論ありきだったのかよ”という批判について.“結論ありき”というスタンスは必ずしも悪い,という訳ではありません.ディベートなどでは,取り合えず自分が主張する“結論”を決定してから,その結論までの過程を考えますし,blogなどにおいても結論を決めてから書き始める場合も多いです.では,なぜこの記事が批判されたのかというと,結論までの過程が“論理的”でなかったから.

実際は、判定を行うのは、これも主観的見解に左右されている人間または人間の集団である。その結果、「論理的」であるのかないのか、このこと自体が人間の「主観」で決定されることになり、古代ギリシアにおいて弊害が生まれたように、詭弁論法の横行を許容する可能性がある。


Wikipedia:ディベート

今回の場合,“中韓とは仲良くしなくても良い”というデータ(アンケート結果)に反して,著者は“仲良くした方が良い”と主張したかったようです.その場合,データに対して“論理的”な反論を行い,自分の主張がいかに妥当であるかを読者に説得する必要があります.論理的(≒説得力がある)かどうかという判定自体も,その判定する側の主観に依るところが結構大きいのですが,今回の例はこの辺(どの辺?)の読者からは論理的でないと判定された,そのため最終的に批判というか反論が溢れることになった,という事だと思います*2

そもそもコメントだから論理的である必要もない,というような意見も考えられる(というかどこかで見かけたんだが,どこだったかな・・・)のですが,新聞の記事がそんなので良いのかとか,ただのコメントならこっちもただのコメントで返したまでだ,とか何か不毛になりそうなので,その辺もスルーします.

何故,大量の反論(批判)を食らったのか?言うならば,ディベートで負けたから.

*1:現在もそういった類の表記があるのかどうかは分からない,探した限りではなかった.また,そういった表記は常に分かりやすいところにあるべき,のような反論もすぐに思い浮かぶが,まぁその辺は今回は考えない.“タイトルから読み取れよ”という意見も,“う〜ん一応は納得.苦しいけど”くらいの印象

*2:コメントなどを見てると,「アンケート結果とは違うけど僕は仲良くした方がいいと思う」位でも別に良い,と言う意見もちらほらあったので墓穴掘ったかな,という感じはする.まぁ,注目度を上げるという意味では成功してるし,狙ったのかもしれないが

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