育成術とは手品のようなもの

私の言うことにいちいち反論をするのです。反論自体はかまわないのですが,そこは自意識過剰な男です。自分の能力以上に仕事ができると思い込んでいる感じだったのです。典型的な「困った部下」でした。

・・・(中略)・・・

それは,私が,そういう工夫をしたからです。次長と部長には「口裏を合わせて」おきました。坂本に絶対OKを出さないようにお願いしていたのです。非常にみえみえの仕掛けなのですが,この方法はよく効きます。

坂本との会話5分×2回。次長部長との口裏あわせ時間5分。合計15分で,坂本はすっかり素直になったのでした。

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Watcher/20061206/256081/

読んでいる途中で,思わず“おいおい・・・”と言ってしまいました.案の定というか,コメント欄やTBエントリでも批判が続出しています.私も同様の感想を抱きましたが,その辺りの反論は別の方に譲るとして,今回は別の感想.

今回の記事とその反論を見ているうちに,人材育成術とはマジック(手品)みたいなものなのかな,と思いました.

「サーストンの三原則」

  1. あらかじめ演じる現象を話さない
  2. 同じマジックを2度繰り返さない
  3. タネあかしをしない

・・・(中略)・・・

2.同じマジックを2度繰り返さない
一度見せたマジックは、もう意外性がありません。しかも、マジックの手順が分かっていますから、タネが分かってしまう危険性もグッと高まります。

・・・(中略)・・・

3.タネあかしをしない
もし相手にタネを教えた場合、ほとんどの場合に「なんだ、そんなことか」という半ば騙された感が先にたち、不思議の興奮も冷め切ってしまいます。マジックはクイズではありませんし、ましてタネ当てゲームでもありません。タネあかしをしてしまうと、そのマジックはマジック(魔法)ではなくなってしまいます。

http://www.nextftp.com/focus/beginner/attitude.html

今回の記事に関して何がマズかったのかと言うと,“上司と口裏あわせをした”というタネを明かしたからではないかと思います.私個人も,記事の途中までは“いくら頭の切れる新人でも場数を踏んでる人の感覚には勝てないのかな”などと思いつつ読んでいたのですが,タネ明かしの部分を読んだ瞬間に“なんだ,そんなことか”と冷め切ってしまいました.タネを明かしたことで,もはやそれは魔法の育成術ではなく“ただの小細工”に成り下がってしまいました.

また,同じマジックを2度繰り返さないという原則もなかなか面白いなと思います.この方法も,一度だけならば,かなりの効果を発揮するでしょう.ですが,その効果におぼれてしまって何度も利用し続けるうちに人はだんだんと怪しむようになり,タネがばれてしまう危険性も大きくなってしまいます.誰かがコメントしていましたが,このタネがばれることで失う“信頼”は計り知れません.そういったリスクを考えると,同じマジックは多用するべきではないのだろうな,と思います.

育成術はマジックとは違って,タネを聞いても“(実践できるかどうかは別として)確かにそういったものは必要だよね”と思わせるようなものも数多く存在します.ですが,やはりそれ以上に“小細工”とも受け取れるような方法も数多く存在しているのでしょう.そして,その“小細工”には,ばれた瞬間に効果を失ってしまうものも多いのではないかな,と思います.

人が使う魔法には必ずタネがあります.そう考えると,本当に凄い人材育成者は,決して自分の育成術を語ったりはしないものなのかもな,とふと思いました.