よくやった手当てと当たり前と言う意識

気になった記事.

東京都の外郭団体・都道路整備保全公社は、功労のあった職員に毎年6月に支給してきた5万〜15万円の手当を来年度から廃止する。その名は「よくやった手当」。

・・・(中略)・・・

「民間なら当たり前の内容ばかり」「支給額が高すぎる」。都議会で批判を浴びて、消えることに。

http://www.asahi.com/national/update/1130/TKY200811300001.html

評価内容(作業マニュアル見直し,正確な金銭集計,積極的な場内清掃など)や評価額(5 〜 15万円/年)が妥当かどうかに関しては議論する余地はあると思いますが,“民間なら当たり前”と言う理由で制度自体が廃止された事には寂しさを覚えました.

何らかの成果を残したらオプションとして金銭が上がると言う制度は,年功序列制度から成果主義に移行する上では必要な事だと思います.その意味では,(評価内容の是非は置いておくとして)上記のような制度は良い取り組みだと言えます.しかし,上記の記事を見る限り,こういった類の制度(さらには,成果主義自体)が日本に定着するのは難しいのかなぁと感じました.

日常的に行う業務の多くを“できて当たり前”と考える人は少なくありません.上記の記事に対する反響でも,“掃除や正確にお金を正確に数える事はできて当たり前だからそんな事に対して対価を払う必要はない”と言う意見が多数見受けられました.

ただ,自身や自分の周りの少ない経験からの感想ですが,例えば“お金を正確に数える事”は言われているほど簡単なことではない,と感じます.1日単位ですらなぜかレジの収支が合わなくて四苦八苦する事もありますし,1ヶ月,1年単位になると収支がぴったり合うというのは,常日頃から相当に注意してやっておかなければならないものだなと何度も実感させられました.なので,最後に帳尻を合わせる労力を省くと言う意味でも,お金を正確に数える事のできる人に対して何らかのオプションを与えても良いのではと思うのですが,こう言った意見はなかなか通らないようです.

もちろん,現在の社会においてもできる人とできない人との間で差をつける事は行われています.ですが,その多くは“できる人を当たり前”とした減点法である事が多いように感じます.よくやった制度に対応した名前を付けるとしたら“こんな事もできないのか制度”でしょうか.

他人が自分に完全に奉仕できてギリギリ合格・・・・・・!
100%出来て・・・ ギリ合格の50点・・・・!
1つでもミスをすれば40・30・20・・・・・
それが社長の思考法・・・・・・!

スーパー減点法

恐るべき男・・・・・・・・・!

http://kaijiblog.seesaa.net/article/34150216.html

学校などにおいても多くの場合は減点法で評価されると言う環境のせいもあってか,減点法な気質の人は多いように思います.ただ,それが皆を不幸にしているなぁと感じる場面にも数多く遭遇します.

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