雨ニモマケズ

ニチャンネラニモマケズ モヒカンニモマケズ
荒ラシニモ夏ノ厨ニモマケヌ 丈夫ナココロヲモチ

欲ハナク 決シテ怒ンナイデ
イツモシヅカニワラッテヰル

一日ニ記事一個ト ブクマト少シノ呟キヲ投稿シ
アラユルコトヲ 自分ヲ勘定ニ入レズニ
ヨク見聞キシ分カリ ソシテ忘レズ

ボロアパートノ中ノ 使イ古シタパソコンノ前にイテ
東ニ寂シイブロガーアレバ
行ツテ記事ニレスヲシテヤリ
西ニコメ炎上疲レナ人アレバ
行ツテソノ労ヲネギライ
南ニ晒サレタ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニスパムヤニチャンノ突撃ガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ

記事ニブクマノツカナイ時ハ涙ヲ流シ
コメント欄ガ炎上シタ時ハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ 苦ニモサレズ

サウイフブロガーニ ワタシハナリタイ

Inspired by: http://archive.hp.infoseek.co.jp/Amenimo.html

創作活動と「晒されたもの負け」の恐怖。 - たまごまごごはん を読んでいて思い浮かんだもの.それはそれとして,今回は別のお話.

アドバイスする事の難しさ

創作活動と「晒されたもの負け」の恐怖。 - たまごまごごはん に対して, http://d.hatena.ne.jp/ululun/20091127/1259298490 と言う記事が人気を集めていました.後者の記事に関する個人的な感想は,似たようなコメントがいくつかありましたが「言ってる事は正しいのだけれど,恐らく誰も救われないだろうな」と言うものでした.

もういいよ
そんなことはもう聞きたくない
そんな大義名分は僕にもわかってる
ミサトさんの言うことはいつも正しいよ
でも もう聞きたくないんだ

新世紀エヴァンゲリオン (11)

個人の感情に起因する問題の場合,「正しい/間違っている」と言う観点からだけでは解決しない(問題を抱えている人は救われない)と言う事例が多々あります.そのため,アドバイスを送った側からすればその人のためを思ったものであっても,受け取った側は余計に追い詰められてしまうと言う不幸な結果をもたらす事もあります(今回の例では,それこそ,最終的には「だから、見ないで。構わないで。」と言う結論にしかたどり着かないような).

オフ会などで同席して最も怖いのは、情報リテラシが非常に高くてデリカシーが無いタイプの方々です。お酒を飲みながら、「そこだけの話」として盛り上がっている内容をTwitterなどに実況されたり、後々ブログなどで書かれると非常に痛いです。

また、宴会写真も困る事があります。昔、まだ顔出ししていない時期に、飲み会でいつの間にか写真を撮影されて個人ブログに掲載された事がありました。

そして、以後やめて下さいとお願いして、了承してくれる人と、「プライバシーなんて将来無くなるんだよ!」と言って気にする方が悪いと逆に怒られる場合があります。

情報デリカシー:Geekなぺーじ

Web 上ではどうしても「正しい/間違っている」と言う基準で語られますし,多くの場合においてそれは正しいと思います.ただ,少し前に上記の情報デリカシーと言う記事が人気を集めていましたが,「個人の感情に起因する問題」に対して何かを言及する際には「正しい/間違っている」以外の観点からも検討する必要があり,少なくとも助言しようと思っているのなら,不用意に触れずに沈黙を守る(スルーする)方がマシな場合もあるように思います.

エントリを起こした時点で負けというか、負けという意味では私も同じなのだけれども何故スルーしなかったんだろうと思ってしまう。あなたの「正義」が誰かを傷付ける可能性は考えなかったのだろうか、と。

今回の一件は、まさに「表現同士」が正面からぶつかりあったが故の不幸でしかなく、その不幸に対してなんらかの意見を表明する事は結果として傷口を広げる行為でしかないという事を自覚すべきだ。

http://d.hatena.ne.jp/ululun/20071107/1194448006

公開する以上,批判が挙がることを止めることはできません.はてなブックマーク - 創作活動と「晒されたもの負け」の恐怖。 - たまごまごごはん でも,「考えが甘い」のような批判も存在していましたし,そう言った意見が挙がるのは残念ながら仕方ないとしか言えません.ただ,そうではない(アドバイスなど)場合に「地獄への道は善意で舗装されている」のような状況になる事はできれば避けられれば良いなぁと感じました.

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