正義の使者

あまり意識してなかったのですが(ネタの一つとしてしか見てなかった),耐震偽装問題が予想以上に騒がれているようですね.個人的には,どの業界にもそういった不正は,程度の差はあれ存在しているものだと思っているのですが,今回は消費者側の被害(数千万レベルの買い物であり,かつ保険も無意味になりかねない)の大きさからここまで騒がれているのでしょうか・・・


ネットの日記が暴く耐震偽装問題の裏を読むという記事がいろんな意味で印象に残ったので紹介.本筋とは関係ないですが,筆者は取りあえずもっと謙虚に書いた方がいいと思うよ:p


少しそれましたが,今日のお題はここ.

欧米では、大組織の内部から、「ホイッスル、ブローワー」として、悪事を暴露する者がよく出てきて、大スキャンダル事件が明るみに出るということがあったが、日本では、組織の内部にいるものは、一身を犠牲にしても組織の秘密を守ろうとするのがふつうで、表に秘密が出ない。秘密を守るためには自殺までする人がいるくらいで、歪んだ忠誠心の持主が日本には多いのである。

いつも,若干の違和感を覚える部分として,悪事を暴露することが絶対正義と言う論調で語られているものが多いということがあります.不正な状態を続けていくことは常に不安が伴いますし(暴露などの理由でいつか破綻する可能性を秘めている),いつかは正常な方向へ持っていかなければならないのでしょうが,だからといって暴露が最適解なのかと問われると,少し疑問符が浮かびます.


悪事を暴露するとき,当事者の心の中では,大別して次の2つの背景が存在しています.

  • 私怨などの理由でその会社を潰そうという心から来るもの
  • その会社を良いものにしようという良心から来るもの

まず,前者のような理由で暴露するなら,私は別にそれで良いと思っています.暴露の目的が会社の倒産であったり世の中を騒がせたいというものであれば,その方法は目的に沿っています.暴露するかどうかは個人の自由ですし,会社側も(認識しているのかどうかは分かりませんが)そういったある意味リスクを背負うことを承知で経営を続けている訳ですから,暴露されても文句は言えないのではないかなと思います.今回の情報源になっているとされるきっこの日記も,愉快犯的な色合いを見せていますので,まぁそれはそれで良いのではないかなと思います.


それに対して,後者の理由で暴露しようとしているならば,それは少し違うのではないかという気がします(正確には,それだけでは足りない).後者の場合,暴露する人の最終目的はあくまでも会社の更生です.それにも関わらず,何の目算も持たずにただ暴露だけをしてしまうと,更生する前に消滅してしまうという危険性が伴います.もし,後者の理由で暴露するなら,きちんと暴露した後のケアも(ある程度は)考えた上で行う必要があります.そうでない場合(取りあえず暴露だけして後のことは知らない),それはただの自己満足であり,周りからすれば迷惑な正義の使者ということになってしまいます.


実際には,暴露しようとしている人だけでその後のケアまで考えるのはかなり非現実的です.以上のようなことを考えていくと,結局は,そういった人達は秘密を守るためには自殺まですることに落ち着いてしまうのかなぁという気がします.なので,私は,そういった人達を正しいとは言いませんが,歪んだ忠誠心の持主と言い切ることもできないのではないかなと思います.


不正は許されるべきではないさ.さりとて,理想だけで生きていけるほどこの世の中はきれいでもないのさ.

広告を非表示にする