「主語が大きい」問題

「日本人」、「若者」、「男性・女性」のように必要以上に主語が大きい事例をしばしば見かけます。今回は、この「主語が大きい」問題について、まだまだ整理しきれていませんが、現時点で思っている事をざっと書き連ねてみます。

適切な大きさに分類することの難しさ

まず始めに「主語が大きい」で検索すると 確かに「大きい主語は信頼できない」けど、それ自体の主語が大きい。 - 小学校笑いぐさ日記 と言う記事がヒットしました。

一方、大きな三人称が信頼できないのは、そもそもそんなものが存在し得ないから、だと思います。(それは大きな一人称にも共通しますが)

「欧米人」にせよ「ムスリム」にせよ「ホームレス」にせよ、実際には多数の個人の集合です。詳細に見れば個別の事情や特性があり、ひとくくりにして論じるのは普通は困難でしょう。それをあえて論じてしまうのは、個別の違いが見えるほど相手の詳細を知らない、ということを示しています。

確かに「大きい主語は信頼できない」けど、それ自体の主語が大きい。 - 小学校笑いぐさ日記

問題の対象となる人(物)の範囲を適切な大きさで区切ると言うのは難しい作業です。特に、自分自身が問題となっている人達の中に属していない場合、その難易度はさらに跳ね上がります。

昔、上記のような図を描いた事があります。私は RAGNAROK Online (RO) と言う MMORPG をプレイしているのですが、このゲームのユーザはいくつかの理由で一時期(今も?)、他の MMORPG ユーザから非常に嫌われていました。そのため、RO 関連で何か良くない話が出た時には「これだから RO ユーザは……」と言う批判を見かける事が多々ありました。しかし、同じ問題に言及する場合でも、そもそもネットワークゲームをプレイした事のない人が批判する場合には、これが「これだからネトゲユーザは……」と、より大きな主語を使う可能性が高くなります。

別の例だと、以前に スムーズにネットユーザを海に飛び込ませる方法 - Cube Lilac と言うジョーク記事を書いたことがあったのですが、この時に「それは 2ch と言うよりは ν速だろう」と言う指摘を数多く受けました。確かに、この記事で書いた例は多くの場合ν速板で見られるものなので、適切な主語の大きさは「2ch」ではなく「ν速」になります。しかし、では(2ch 内の)掲示板単位であれば主語の大きさは適切なのかと問われるとそうではない場合も数多く存在します。例えば、同じ 2ch でも芸能人板辺りで発生する問題に関しては、恐らく適切な主語の大きさは、板単位ではなくスレッド単位(各芸能人のファン単位)だろうと思います。

2ch に関連した話だと、2ch の批判記事が書かれるとよく「2ch と一括りにする時点で……」と言う批判コメントが書かれますが、その他の Web サービスに関する記事ではこの類の批判はあまり見られません。例えば、mixi などにしても利用者数を考えると「mixi」で一括りにするのはもはや主語が大きすぎると考えられますが、mixi などに関してはそう言った批判はほとんど見られません。これは、mixi に属するユーザを適切な大きさで区分する術をほとんど誰も知らないためだろうと思います。

このように、「適切な主語の大きさに区切る」と言う作業はかなり難易度の高いものである事が分かります。

遭遇頻度と判断力

二人いれば「みんな」。二度見れば「全部」。そして近所が日本。

はてなブックマーク - 最近の日本レベル下がった?(半愚痴) : 生活・身近な話題 : 発言小町 : 大手小町 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

昔、友人から「ヒットしている歌手とは、2曲続けてヒット曲を出した歌手の事を指す」のような話を聞いたことがありました。この話は、短期間のうちに同じような現象に2度続けて遭遇すると判断力が鈍ってしまうと言う事を表しています。最初の記事の例とは異なりますが、自分の属していないコミュニティの人達が自分の想定していなかった何かを行っている姿を続けて見てしまうと、冷静な判断力を失い適切ではない批判をしてしまうと言うのも要因の一つであるように思います。

愚痴る場合、主語は大きい方が良い

「主語が大きい」問題の要因についていくつか見てきましたが、最後に少し別の話。

また、世代に理由を押し付けた方が、何かと平和的で安心できる。もしも本当の理由を言ってしまえば、トラブルの火になりかねない。学歴や所属による階層差の話題はある種の緊張感を生む場合が少なくないし、階層差や能力差を意識すれば、自分自身もそれによって傷つく。

人にとって安心するのは、時代や世代のせいにすることなのだろう。

世代差ではなく個人差や階層差

なまじ適切な主語の大きさを選んでしまうと、選んだ主語に属している人達とのトラブルの元になりかねないと言う事が考えられます。最初の例の記事のタイトルにも明示されてあるように、この類の話は「愚痴」に分類されるものが多いように感じます。ある問題を真剣に考えるような場合ではなく愚痴のように「自分の不満を聞いてほしい」だけの場合には、ある程度主語を大きくして批判対象をぼかしておく事も(時には)必要となります。

逆に、ある問題について真剣に考える場合には問題提起された主張の主語が大きい場合には、「その主語は具体的には何を指すか」を最初に問う事によってもう少し適切な範囲に絞るのが良いように思います。これは、抽象的な言葉が使われた場合には、その言葉の具体例を問うと言う行為にも通じます(参考:禁止語のススメ )。