行動と志

アメリカに行ってエンジニアリングを学びたい中学生 を眺めていると、ふと、正月に実家に帰省していたときにやっていたテレビ番組を思い出しました。奇しくも、主人公も同じ 14 歳のようです。

時は幕末…黒船来航以降、開国だ攘夷だと国中が騒いでいた時代――。

14歳の主人公・山田市之允(山田涼介・通称:市、後の顕義)は、国から忘れ去られたような村に我慢ができず、江戸へ行き人々の役に立ちたいと考える。しかし、肝心の江戸へ行く術がわからない。父・顕行(神田正輝)の勧めで松下村塾へ入門し、生涯の師・吉田松陰(合田雅吏)と出会う。父に松陰から江戸へ行く術を学べと諭されるが、市は罪人の松陰を慕えない。加えて、松下村塾の学問は畑仕事など一風変わったものばかり。

一向に江戸へ行く術など学べる気配はなく、市の不満が爆発。見かねた松陰は、「僕を斬れば江戸へ行く術を教える」と無茶な条件をつきつける。

何度も松陰を斬ろうとするが、結局斬ることができなかった市。その矢先、松陰を慕っていた塾生が斬り殺されるという事件が起きる。市は松陰を殺せず、市から松陰を守ると言った塾生が殺された。理不尽な死に泣き崩れる市に松陰は言う。

人の行動には必ず理由がある。江戸に行きたいという理由(志)がなければ江戸に行っても役には立たない。江戸へ行くために、ここでしっかり勉強しなさい

この言葉から松陰の真意を知り、市は初めて松陰を心から尊敬する。そして、いつか江戸へ行くために松下村塾で学ぼうと決意するのであった。

知られざる幕末の志士 山田顕義物語

「このままじゃダメだ」と言う焦燥感は、特に多感な時期であれば抱いてしまうのは、いつの時代も変わらないようです。ただ、単なる焦りから来る行動と何らかの「志(こころざし)」を抱いての行動には、多くの場合、その後に大きな違いが現れます。

最初の記事で話題になっていた方に関しては、だからどうこうと言うつもりはありません。私自身も似たようなモチベーションで高校、大学と進学していったのもありますし、私が「信頼関係の築けていない他人の言葉は(特に、人生を左右するような決断で悩んでる人には)届かないものだ」と考えているせいもあります。

同じような悩みを抱えていた時に、山田顕義は幸運にも吉田松陰と言う(本人にとって)信頼できると思える人に出会う事ができました。上記の方も「エンジニアの師」を探しているそうで、twitter だけを見ても多くの人達がそれに関連して助言や苦言を述べています。願わくは、そう言ったやり取りの中でプログラミングに限らず「この人の言説なら信頼できる」と思える人に出会えることを、と思います。

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