フロンティアを見てみたい、それが無くなってしまう前に

先日、ほしのこえ と言う記事を思い出しました。この記事は「技術の進歩とともに失われたモノへの懐かしさ」のようなものがうまく表現されていて、非常に印象に残っています。

「つまりですね、現代において古本屋巡りという行為は既に失われてしまっていると思うんですよ。本を探すときは Amazon を見る。聞きたい音声があれば YouTube を漁る。携帯電話が待ち合わせと擦れ違いの機微を葬ったように、Video が Radio Star を葬ったように、AmazonYouTube もまた何かを殺したと思うんですよ。求めよさらば与えられん、って言いますよね。僕たちはもう求める前に与えられてしまう。『求める』という言葉の意味を、忘れつつある」
「うーん」
「別にそれが悪いって言いたいわけじゃないんですけどね。Amazon は実に最高です。ただ、僕たちはたぶん、オーロラを見に行ける最後の世代だと思うんですよ」

…(中略)…

「白夜の反対ってなんて言うんでしたっけ」
「えーと、極夜」
「そうそう極夜。その明けない夜の下で、植村直己みたいなモコモコの服を着て、凍りついた星空に踊る極光を見上げる、その体験のプライスレス具合を100点としましょうか。たぶん僕たちの次の世代では、仮想的に97点くらいまでは体験できてしまうようになると思うんですよ。YouTube的な何かで」
「残りの3点は?」
「だから、古本屋巡りですよ。小型機に乗ってエアポケットでゲロ吐いたり、やっと着いたらブリザードで三週間足止め食らったり、釘付けにされたホテルのレストランのメニューが毎日鹿肉だったり、そういうのですかね」
「それは無くていいだろ」
「まあ、そうした体験こそが貴いという見方もありましょうが。とはいえその最後の 3 点だけのためにわざわざグリーンランドくんだりまで行きはしないわけじゃないですか。僕たちが古本屋巡りを止めてしまったように」
「そうねえ」
「だから、こうして『オーロラを見に行かなければオーロラを見れない』こともまた、もうすぐ失われてしまうと思うんですよ」
「ふうむ」
「見ておきたいと思いませんか?フロンティアを。世界が変わってしまう前に」

ほしのこえ - halt.

映画なども VHS、DVD、BD と言った記録媒体の進化やレンタル業の浸透とともに、97 点は言い過ぎですが 60 点程度の体験は映画館に行かずとも手軽に行えるようになりました。最近はケーブルテレビ各社も VOD サービスを展開しているようで、こう言ったサービスを利用する事で自宅にあるテレビのリモコン一つで様々な映画を鑑賞できるようになってきています。液晶テレビの大画面化や各種音響装置の進歩もあり、条件によってはそれこそ 97 点と言えるレベルまでのものを自宅で楽しむ事も可能かもしれません。

VOD サービスと言えば、録画装置や VOD サービス、あるいはインターネットの動画サービスの普及にしたがってテレビの「見たい番組の時間までに急いで作業を終わらせて帰宅し、家族と一緒に見る」と言った情緒ももはや失われつつあります。例えば、ここ数か月は珍しく 進撃の巨人 と言うアニメ番組を毎週見続けているのですが、これも毎週テレビの前で見ているかと言うとそんな事はなくて、半分くらいは ニコニコチャンネル からの配信で見たりしています。

インターネットに関しても、常時接続環境が当たり前になった現代においては「23 時に眠い目をこすりながら ピーガー する」と言った行為も過去のものとなりました。スマートフォンやパッド系の携帯端末もどんどん進化しているので、インターネット上での娯楽の消費と言う観点で見ても、これからもまだまだ様々なものが「過去のもの」となっていくだろうと予想されます。

もちろん、私も今さらピーガーに戻ったら生きていけませんし、技術の進歩とそれによって何かが失われるのは悪い事ではありません。ただ、やはり「便利な何か」が出現した後だと、それ以前のものを利用しようとするのは「残りの 3 点」に価値を見いだせる一部の情熱ある人に限られてしまいます。そう言った事を考えながら「フロンティアを見てみたい、それが無くなってしまう前に」とは、よく言ったものだなと感じました。

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